多くの牛と豚の尊い命が亡くなりました・・・多くの人間が心を痛めました・・・しかし宮崎は再び歩き始めます

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(軌跡10)宮崎子牛育成日記

生産検査
【生産検査】
子牛セリ市に出場する子牛は全頭、生産検査という審査を受けなければいけません。生産検査は、子牛の毛のはえ方など、体の特徴を一つずつチェックし、発育具合や健康状態を調べるものです。主にJAの指導員と同行する獣医師によって一頭ずつ審査されていきます。特にJAの指導員は、牛の体をくまなく観察し、雄の子牛であれば適切な時期に去勢手術されていたかとか、手入れは行き届いたかとか様々なことを検査するのです。
この生産検査の結果は、子牛セリ市のときに公表され、必要なものはセリ市の際、名簿に明記されます。子牛に不具合があった場合、一見すると繁殖農家にとって不利益のようにも見えますが、セリ市場の責任として、不具合なことも公開することで安心して購買者の方に買ってもらうことができるのです。購買者の方が安心して買うことのできるセリ市場は、結果的に繁殖農家にとって出品しやすいセリ市場になるというわけです。
そして、子牛の時期では最後となる予防注射が、生産検査の際に接種されます。牛が脳脊髄炎にならないようにするための注射です。これでおおかたの痛い試練は終了です。

3順番
【せりの順番待ち】
平成二十四年三月、子牛セリ市の朝を迎えました。口蹄疫のワクチン接種により全ての家畜を失ってから長い道のりでした。
子牛セリ市の朝四時、農家は餌やりを始めています。牛は餌を食べたあとに必ず水を飲むので、朝ごはんをしっかり食べさせて水を飲んだら、セリ市に向かう最後の準備にとりかかります。
お湯で湿らせたタオルで体を拭きあげて真新しい頭絡に付け替えて、トラックに乗って出発です。
セリ場に着くとすぐに体重測定を行います。この体重は牛の体に付けられた札にも書かれますが、セリが始まると、日齢と体重が電光掲示板に表示され、牛が競られるときの重要な情報になります。

4待機場
【せり場待機場】
一日に競られる子牛の数は数百頭にもなります。子牛セリ市には宮崎県内外から子牛を購買に来られます。購買者の方々は、少しでも良い子牛を手に入れるために、待機場に一列に並んでいる子牛を、名簿を見ながら全て見てまわります。名簿には、子牛の母親の素質、種雄牛名や祖父、祖祖父の名前まで表示されています。近くで子牛を見ることによって、購買者の方は、どの牛を買いたいか決めていくのです。


8熱気1.1頭ずつ
【熱気あるせり場】【一頭ずつ競られる牛】

7耳評
【耳標装着】
いよいよセリ市が開始されました。購買者の方は、手元にボタンを持っていて自分の買いたい子牛が出品されると、ボタンを押します。すると電光掲示板の金額が1,000円単位で小刻みに上昇していき、一番高値を付けた購買者に競り落とされるわけです。

5直後
【せり直後の牛】
子牛の生産農家にはやっと得られた収入となりました。口蹄疫前のような安定的な収入になるには、あと一年ほどの年月が必要と考えられます。収入面で、やっと口蹄疫からの復興がはじまったといえるでしょう。

9肥育
【肥育される牛】
子牛セリ市で購入された子牛は、宮崎県内はもとより全国各地へ旅立っていきます。メス子牛の多くは子牛を生産するお母さん牛として、繁殖農家で飼育されていきます。オスの子牛は食肉にするため、肥育農家で飼育されます。
 肥育農家では、購入した子牛を2頭から数頭ずつの群れに分けて管理していきます。中には長距離をトラックで移動する子牛もおり、導入直後はお腹をこわしたりカゼをひいてしまったり、体調を崩しやすいものです。生まれた家を出て、違う環境で暮らすと人間も体調を崩しやすくなるのに似ていますね。
 牛たちはとうもろこしや大豆などを多く含む肥育用の飼料や乾草を給与されて肥育されていきます。おいしいものを食べて運動しないでいると人間でも太るものです。さらに日本の種雄牛では太りやすいように品種改良されていますので、遺伝的にも太りやすくなっていますから、なおさらです。導入直後は300Kg程度であった体重が、約30ヶ月齢の肥育牛では約3倍の900Kg程度まで大きくなります。導入直後は広く感じられた牛舎も、肥育出荷される前には狭く感じられます。
今回の口蹄疫では多くの肥育用牛も失われました。長い肥育期間を必要とする肥育飼育でも、繁殖農家と同様に再開しても、畜産からの収入のない2年間が続いていました。もっとも早く導入を始めた農家で、この春先から肥育牛の出荷が始まりました。肥育農家においても繁殖農家と同様に収入面での復興がやっと始まったばかりなのです。

2スーパー
【スーパーの陳列棚】
畜産農家で肥育された牛たちは、食肉センターへと出荷されていきます。食肉センターには、多くの獣医師が居て、牛や豚や鶏が健康であったか、人間が食したときに問題となる病気を持っていなかったか、などを詳細に検査します。
この検査は1頭ずつ念入りにされるもので、牛が食肉に変わっていく第一段階であり、人間の健康を守るためにとても重要な仕事です。牛は皮や内臓などをはずされて枝肉となります。

6宮崎牛
【宮崎牛】
 宮崎県内で生産肥育された黒毛和種牛のうち、霜降りの度合い(脂肪交雑)、肉や脂肪の色、肉のきめやしまりなどの肉質等級がよかったものだけが、全国的にも有名な【宮崎牛】となれるのです。スーパーで宮崎牛という黒いシールが貼ってある場合、一定レベル以上の肉ですよ、ということを意味しているわけです。
 その後、2~5℃という冷温状態で枝肉のまま貯蔵されます。食肉をやわらかく食するために重要な時間で、牛では最低でも7~10日、豚では3~5日、鶏では半日程度必要です。牛ではさらに熟成させる場合が多く、実は畜産農家を出発してから、食肉となって生まれ変わって帰ってくるまでに2週間以上の時間が経っていることになります。
 畜産とは、他の農業と同じように命を育てる産業です。生き物や自然を相手にする産業であるから、人間の力が及ばないこともあります。また、最終的には命を絶ち人間が食することになります。それでも畜産農家の皆さんは、生きている間は、できる限り幸せであるようにと、命と向き合っています。
 農畜産物を食すること、それは【命をいただくこと】で、感謝の気持ちなくしてはできないことなのです。
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(軌跡9)宮崎子牛育成日記

出生した子牛は、ぐんぐん成長していきます。子牛セリ市に出荷されるまで、いくつもの課程を経ていきます。農場では、成長する子牛にあわせていくつもの作業が行われています。
雄の子牛は、生後4~5ヶ月で去勢手術を受けます。セリ出場に向けて数度目の痛い試練です。ただし、今回の試練は雄に生まれたがゆえに発生する痛い痛い試練です。


①
【雄子牛の陰嚢】
 牛などの反芻動物の精巣は、写真のような位置にぶら下がるような形で存在しています。出生直後は、まだ陰嚢内に精巣はありません。生後1ヶ月以降で陰嚢の中に精巣が移動しておさまるようになります。


②
【手術の様子】
子牛はしっかりと柵などにロープで繋留されます。子牛を倒して四足をロープで縛るときもありますが、子牛を立たせたまま手術することもあります。飼主は子牛を前の方で、声を掛けてなだめながら補助します。
 後ろあしの間をしっかりと洗って、イソジンなどで消毒して手術を開始します。手術の時間は5分程度であっという間ですが、子牛にしてみれば、後にも先にも経験しない痛い時間です。手術が終わると出血がないか、再度確認して子牛を牛舎内に放します。殿方は、牛に生まれずに人間に生まれてよかった、と思う瞬間ではないでしょうか?
 畜産の世界では、ほとんどの雄は去勢されて、一部の限られた雄が繁殖用に供用されています。牛も例外ではなく、種雄牛となるのは、ほんの一握りの雄牛で多くは去勢手術されて肥育されています。去勢されると性質が穏やかになり、精巣から多く分泌されているテストステロンが少なくなるため、筋肉質な体質から脂肪を蓄えやすい体質に変化するのです。人間が食したときの価値をあげるためにも去勢手術が必要なのです。
 獣医師は、さまざまに工夫を凝らし、いかに清潔に行うか、苦痛な時間が短くて済むようにできるか、がんばっています。口蹄疫終息宣言後、発生地域周辺では自粛していた去勢手術が一度に集中し、獣医師は去勢手術に明け暮れました。
 私たちの食べる畜産物は子牛や子豚のころ受ける去勢手術のような試練を経て生産されているのです。


③
【摘出された精巣】
 摘出された精巣は、写真のように表面に精巣動脈という血管が張り巡らされています。この血管は引き伸ばすと7mにも及ぶ大変長い血管です。清潔かつ的確な手術が求められる理由はここにあります。大出血なんてことにならないように、手術するのです。


【離乳】
 自然哺乳で育てられる子牛は、生後3~5ヶ月程度で離乳されます。自然界であれば、1歳近くになるまで、哺乳する動物ですから、畜産の世界では大変早くに離乳していることになります。
 栄養価の高い固形飼料を子牛に食べさせることで離乳を早くすることが可能になったのです。しかし、母牛の乳はある日、急に止まるものではありません。自然のままであれば、まだまだ子牛に乳を飲ませるために乳房が張りますから、大変痛い思いをしていることでしょう。離乳すると、たいていの母牛は、がんがんに張った乳房をして、子牛を求めて、とてもとても大きな声で泣き叫びます。1年の中でもこれほど母牛が鳴くことはめったに無いことです。
 私自身も、わが子に乳を与えるまで、分からなかった痛みですが、乳房炎や離乳というのは、とても痛く辛い経験であると分かりました。
 子牛も固形飼料を十分に食べていない状態で、離乳されると、母牛を求めて泣き叫びます。声が枯れて出なくなるまで鳴く子牛もいます。非常に強いストレスを感じて、一時的に痩せてしまう子牛も居るほどです。
 このような状況を見るに付け、せめて、子牛がしっかりと固形飼料を食べる状態にしてから離乳すべきであると強く思うようになりました。


④
【鼻環】
  離乳が済むころ、子牛には鼻環が装着されます。写真のような金属製のものや、プラスチック製のものがあります。雄であれば、やがては1トン近くになる牛をこの小さな道具を利用することで、コントロールするのです。
 闘牛などでも鼻一つで牛をコントロールしています。
 古来から、人間は牛という大きな家畜をコントロールする最後の頼みの綱として鼻環を利用してきました。家畜の中でも、常時このような道具をつけている家畜は他にはいません。体が非常に大きくなる家畜であるがゆえの道具といえましょう。


⑤
【鼻環装着の様子】
 金属製の鼻環は、写真のような専用の道具で鼻に穴を開けてから装着します。子牛はとても痛がります。去勢では鳴かなくても、この器具で穴をあける瞬間はウヲーっと大きな声でなく子牛も居るほどです。出血も伴いますし、骨に近い場所を穴を開けてしまうとしばらく痛みで餌を食べなくなる子牛も居ます。


⑥
【鼻環装着した子牛】
 鼻環が通ると急に大人びて見えます。幼い顔つきだった子牛が急に変身したかのようです。鼻環は通常はぶらぶらしてどこかに引っ掛けたりしないように、ロープで耳の後ろにくくりつけておきます。
 いざという時だけに鼻環は引っ張られて威力を発揮します。


⑦つめ切りの様子前肢
【つめ切りの様子前肢】
 子牛の時期に1度、削蹄というつめ切り作業をします。農家の方がする場合もありますが、プロの削蹄師が行う場合が多いようです。牛の蹄は大きな体重を支える割に面積が非常に小さく、蹄の手入れは大変重要なことです。2年に3回程度の割合で、大人になってからも削蹄を行います。
 前肢は、写真のように抱えて削ります。専用の削蹄鎌という道具で削ります。人間の爪と同じで、切りすぎると血が出ますし、生爪の状態はとても痛いものです。そんなことにならないように、1~2mm程度の厚さで、少しずつ削り進めていきます。


⑧つめ切りの様子後肢
【つめ切りの様子後肢】
 後ろ肢の削蹄はとても神経を使います。牛の唯一といってもいい攻撃手段は、強力な後肢蹴りです。馬のように噛み付くことや前肢でチョップすることはありませんので、後肢を非常に広範囲に蹴ることで敵を攻撃します。
 その後肢を抱えて蹄を削るわけですから、非常に神経を使います。写真では子牛ですが、成牛でもプロの削蹄師では、枠場という牛を入れる柵を利用せずに削ってしまわれることが多いです。本当に頭の下がる大変な仕事です。削蹄師とは本当にかっこいい仕事だと思います。


⑨やすりがけ
【やすりかけ】
 蹄を削ると、人間と同じでやすりをかけます。人間のやすりとは程遠いとてもごつごつとしたやすりです。これで仕上げです。蹄一つで牛の価値が少しあがるほど、蹄というのは、牛を判断するときの材料の一つとして売買の際にはよく観察される場所です。


⑩毛刈りの様子1
【毛刈り1】
 子牛セリ市の前や、子牛品評会の前には、毛刈りも行います。入念にシャンプーをして、毛を十分に乾かしてから行います。かみそりに櫛を当てて、少しずつ刈っていきます。特に背中は入念に行います。


⑪毛刈りの様子2
【毛刈り2】
 牛の体の前半分が終わると後ろ半分です。尻尾まで整えます。乳牛では、黒白の模様があるため、バリカンで全身を刈って、斑紋をくっきりと際立たせますが、黒毛和種は全身真っ黒なので、体の輪郭を際立たせるように毛を刈る場合が多いようです。


⑫仕上げのブラッシング
【ブラッシング】
 一連の手入れが終わると入念にブラッシングを行います。ブラッシングも人間のブラシとは違って、金属製の道具や、大きなハケのような道具を用います。ブラッシングは、牛は大好きです。
牛は気持ちいいときはじっとして頭をぐっと下げて動きません。尻尾を少し持ち上げて、動かずにじっとしているときはもっとブラシをかけて欲しいときです。この様子は牛同士がお互いを舐めあうリッキングの時にもよく見かける光景です。

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(軌跡8)宮崎子牛育成日記

無事に出生した子牛は、子牛セリ市に出荷されるまで、いくつかの段階を超えていきます。次々と生まれてくる子牛に名前をつけて、畜産の現場が活気づいてきました。

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【授精証明書】
子牛に名前をつけると、子牛の父親と母親が誰なのかが明記された授精証明書を添えて、分娩届けを農協に提出します。授精証明書には、実際に使用された精液の入っていたストローが添付されています。人間の場合、分娩届けは2週間以内にするものですが、牛では、1週間以内に届け出ることになっています。


耳標装着子牛
【耳標装着子牛】
分娩届けが済むと、10桁の番号が付された耳標が子牛の小さな耳に装着されます。この番号付き耳標は、日本国内で飼育されている牛の耳には皆、付いています。子牛のときから成牛になって、肉となってスーパーの店頭に並ぶまで、牛に生涯付いてくる番号です。


耳標装着機耳標装着の様子
【耳標装着器】【装着の様子】

耳標装着器に黄色の耳標をはめて、子牛の耳を挟み、パンチすると装着完了です。耳には直径3mm程度の穴をあけることになるので、当然、痛みが伴います。飼主は、子牛が痛くて暴れないようにしっかりと体を支えています。子牛にとって、初めての試練の一つです。びっくりして、大きな声で鳴く子牛もいます。
この番号制度のおかげで、私たち消費者は、どこで生まれてどこで育った牛かを追跡することが出来るのです。今度、牛肉をスーパーで買った時には、ぜひアクセスしてみてください。


鼻紋採取機鼻紋採取1
【鼻紋採取機】【鼻紋採取1】

鼻紋採取2鼻紋
【鼻紋採取2】【子牛の鼻と鼻紋】

子牛に耳標を装着した後、鼻紋を採取します。人間の指紋と似ていますが、牛の鼻には、1頭ずつ違うしわが刻まれていて、昔から牛を特定するのに利用されていました。
牛の鼻は、どきどきしているとき、とても湿っています。ゆっくり休んでいるときや調子の悪いときは、乾いてカサカサになります。この湿っている鼻の表面を新聞紙やちり紙でしっかりと拭いて準備完了です。インクをローラーでしっかりのばして鼻の表面に薄く塗り、和紙で写し取ると鼻紋の採取が完了します。


【子牛登記書】
装着された耳標の番号や、父牛、母牛、生産者情報などが記載された登記書が牛一頭一頭に作られ、この書類には、鼻紋が大きく添付されます。
世界的にみても家畜に対してここまで厳格な情報管理をしているのは、日本国内で飼育されている黒毛和種牛を除いて他にはないかも知れません。日本人の精巧なものづくりの気質が畜産の世界にも脈々と流れているようです。



予防注射
【予防接種】
子牛は出生してしばらく経つと、予防接種を受けます。注射をしますので、子牛セリ市に向けて、耳標装着に続いて2度目の痛い試練です。
これは、インフルエンザやRSウイルス感染症のように、人間のカゼの原因としてもおなじみのウイルス性の5種類のカゼに対する抵抗力を持たせるための注射です。

 子牛は、近い月齢の子牛が一緒の部屋で育てられることが多く、子牛同士でカゼがうつらないようにするのです。
 人間の子供も特に3歳以下の乳幼児では、多くのワクチン接種が推奨されて実施されているのに似ていますね。お母さんからもらった免疫が半年程度でなくなって、子供自身の力で病原体と戦うようになる点は、人間と牛、とても似ているようです。幼稚園や保育園で、乳幼児同士でカゼがうつったりするところもそっくりです。
 成人や成牛であれば、かかってもたいした症状もなく終わるカゼでも、乳幼児や子牛であれば重篤化して、命に関わるようなことになることがあります。ワクチンを利用して、人間も牛も病気に対する抵抗力を養っているのです。
 
管内で1ヶ月に生まれる子牛は2,000頭以上です。ワクチン接種を1頭ずつ確実に漏れなく接種できるのは、農家の努力はもちろんですが、行政やJAの職員、獣医師をはじめとする多くの人間の力があってこそです。人間の場合は、予防接種のため、病院に子供を連れて行きますが、大きな家畜を予防注射のために動物病院に連れて行くわけにはいきません。巡回方式で、適齢の子牛のいる農家を訪問して、確実に1頭ずつチェックしながら予防注射を接種するのは、農家の子牛がカゼをひかずに健康に育って欲しい、そして、セリ市に立派に出場し、農家に利益をもたらして欲しいと願っているからなのです。

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(軌跡7)宮崎子牛育成日記

約1年前に、全ての牛がいなくなった牛舎。この地で人工授精された牛達がついに分娩のときを迎えました。ワクチン接種によって全ての家畜を失って、心が折れてしまいそうだったあのときからやっと、この時を迎えました。
この地で人工授精された子牛の出生は、農家にとって格別の喜びとなっています。


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【陣痛期の牛】 
再導入された牛は、育成牛とよばれる初めて繁殖に供用される牛がほとんどです。分娩は陣痛で開始します。ヒトでは、経産婦と比較して初産婦で陣痛の時間が6倍時間もかかると言われています。牛もヒトと同じです。突然の陣痛という腹痛を生まれて初めて経験しながら、分娩が開始されるのです。
 この時ばかりは、普段は食いしん坊の牛も食べることをやめ、牛舎の中をウロウロと歩き回ったり、立ったり座ったりを頻繁に繰り返したりして、落ち着きません。


2 一次破水
【一次破水】
 やがて、陣痛は腹痛から、周期的なお腹のハリへと変化し、いきむという行動が始まります。
 牛がいきみ始めると一度目の破水があります。一度目の破水は、尿膜が子宮から出てきて破れ、中を満たしていたサラサラとした尿膜水が出てくることによります。


3 二次破水
【二次破水直前】
 一度目の破水が終わると間もなく、いよいよ胎子の2本の蹄が白い膜に包まれた状態で、見え始めます。羊膜に包まれた胎子は前肢から生まれてきます。ヒトがちょうど万歳をしたような体勢で生まれてくることが多いです。


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【二次破水】【娩出期の牛】

 この状態がしばらく続き、一度目の破水から30分から数時間後に二度目の破水が起こります。胎子が産道に進入し、両方の肢と頭が産道を通過するとき、母牛の陣痛といきみは最高に達します。
 普段は、痛みにとても耐える牛ですが、初めての分娩では痛みに耐えかねて鳴き声を出す牛もいます。
 陣痛開始からここまで数時間。特にはじめて分娩する牛にとっては、また、それを見守る農家にとっても、長い時間です。


6 リッキング
【リッキング】
横たわって分娩をしていた母牛は、産み終わるとすぐに立ち上がり、子牛を強くなめ始めます。この行動をリッキングといいます。このリッキングはとても重要な行動で、子牛に対するマッサージ効果はもちろん、フェロモンを通じた親子の結びつき、反芻胃の中の微生物の受け渡しなど、いろいろな効果があります。


7 初乳を飲む
【初乳を飲む】
生まれた子牛は、早い牛では15分、おそくとも1時間ほどで立とうとします。生まれてはじめて立つのは、容易ではありません。何度も転びながら、数回目のトライでやっと起立することができます。人間の子供が約1年かけてやることを出生後すぐにできるようになるのです。
起立できるようになると、母牛の乳を探し始めます。乳にたどり着くまでに胸元を吸ってみたり、母親の下腹部をよろよろとした足取りで探し歩いたりします。やっと乳にたどりつき、初めての乳である初乳を飲みます。初乳は特別な乳で、子牛が病気に負けずに生きていくために大変重要なものです。


8 胎便
【胎便】
子牛が初乳を飲むと数時間後に、生まれてはじめての便をします。この便は胎便といって胎児期に母体内で羊水を飲み込んだりして、胎内でできたものです。母牛によっては、この胎便を食べてしまうこともあります。匂いがほとんどしない、ブツブツした便で、初乳を飲むことでこの便が押し出されてきます。


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【胎盤排出】【胎盤】

子牛が初乳を飲み終わるころになると、母牛は胎盤を排出します。人間の胎盤とは、形態がずいぶん違っています。たくさんの宮阜といわれるほぼ円形の部分がある胎盤をしています。
子牛をなめながら、子牛に初乳を与え、胎盤を排出する…母牛にとっては、1年に1回の大イベントです。


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【胎盤を食べる牛】
胎盤を全部排出し終わると、母牛はそれを食べ始めます。羊水がついたワラなども食べてしまいます。人間に飼われていても、牛の本能が残っているのでしょう。分娩の痕跡を消そうとするように、必死に食べようとします。牛は草を食べるように歯が進化したので、胎盤を食べて飲み込むときは、とても苦労しているように見えます。なんとか奥歯にもっていき、ほとんど丸呑みのようにして、大きな胎盤をすっかり平らげてしまいます。


12 牛の親子
【牛の親子】
陣痛期から始まった牛の分娩は、このような過程を経てひと段落です。母牛はここまで、数時間がんばります。見守る農家も、一つ一つの課程が順調にいっているか見守ります。
ひと段落ついたとき、新生子牛の横にゆっくりと腰をおろし、休む母牛の姿は、命をかけて臨んだ分娩をやりとげた達成感に満ち溢れているような気がします。


13 新生子牛
【新生子牛】
平成23年7月8日に生まれてきたこの女の子牛は「なお10」と名づけられました。お父さん牛は「福之国」号です。
この地で、人工授精されて分娩された子牛です。

一年前の今頃、ワクチン接種を受け入れたときにも、この子達と同じような子牛もたくさんいました。まだ、へその緒も乾かない子牛を処分せざるを得なかった悲しみは、未だに癒えることはありません。
命を育む現場では、生まれてくる命をただ喜び、死を悲しみ悼むという、むき出しの感情が渦巻いているように思えます。


※番外編
14 グラフ
【グラフ 中部管内の人工授精頭数の推移】
口蹄疫の発生に伴い、宮崎県内では牛に対する人工授精が約3ヶ月間中止されました。
馬、めん羊、山羊のような他の家畜や、犬、猫のようなペットにみられるように、季節にその繁殖性が強く影響される動物と異なり、牛は1年中繁殖が可能です。3ヶ月間の人工授精停止にともない、宮崎県外からの妊娠牛の導入を除いて、2月から4月の分娩は、なくなってしまいました。
また、これまでは月ごとにほぼ均等に子牛が生まれていましたが、5月から7月にかけて、牛の分娩が集中することになりました。
繁殖農場では、牛の分娩はうれしい反面、心配もつきまといます。分娩予定日の前に産む牛もいれば、超えて産まない牛もいます。農家では牛がいつ産気づくのか、お産が始まってから経過は順調か、子牛は生きているだろうか、五体満足だろうか、と大変気をもむものです。
分娩は、日中とは限りません。夜中も何度も起きて観察されています。多頭飼育農場では、分娩監視システムのようなハイテク器械を導入するケースもありますが、ほとんどの生産農場では、飼育者が夜中も見回りで観察しています。命を扱う現場とは、24時間稼動しています。
獣医師は、その農家の気持ちを知っているからこそ、夜中の難産でも強い使命感を持って出動できるのです。難産でも母子ともに健康で命があれば、すべての苦労は吹き飛ぶものです。
牛は、1年1産が理想の状態だとされます。今回の分娩ラッシュで出産した母牛たちは、またもや7月から8月にかけて人工授精されることになるでしょう。口蹄疫による影響は、子牛競り市の上場頭数のみならず、今後数年間にわたって、宮崎県内の子牛の出生頭数に強い影響を及ぼすことでしょう。

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(軌跡6)宮崎子牛育成日記

このたびの東日本大震災で被害を受けられた皆様と、被害を受けた全ての家畜と動物に謹んでお見舞い申し上げます。


4月20日、この日付は宮崎で畜産に関わるものにとって一生忘れられない日になりました。この日を境に様々なことが、人生までもが変わってしまったといっても過言ではありません。多くの家畜の命が犠牲になったとともに、多くの人々の心に深い傷と、大きな志を残していきました。毎年、この日付が来るたびにいろいろなことを思い出すでしょう。やっと一年、もう一年、いろいろな感想を皆が思い返しています。


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【慰霊碑】
慰霊碑文中より ~平成22年4月20日、県内に口蹄疫の疑似患畜が発生した。
感染拡大防止のためワクチン接種により埋却された佐土原町内の牛2,553頭の供養のためこの碑を建立した。~


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【金網】【埋却地】

この碑のすぐ後ろには、2,553頭の牛が埋められています。金網で周りをぐるりと取り囲まれ、先に入ることはできません。
口蹄疫で埋却に使用された宮崎県内の土地の面積は、142万㎡です。その後一定期間、土地の利用は制限されます。約1年の間に盛り土は徐々に沈下していきます。
ワクチン接種により犠牲になった牛は、集合埋却場に埋められましたが、疑似患畜はほとんどの場合、発生農場の近隣に埋却されましたので、町のあちこちにこのような盛り土の場所があります。
未だに横を通るだけでも、胸がしめつけられる思いがします。


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【お供え】
碑の横には、牛へのお供え物らしく乾草のロールとお水がお供えされています。
犠牲になった牛のことを思い、今でも多くの人がこの場所を訪れ、花を供え、手をあわせ、二度とこのようなことをおこさない、と牛たちに誓っています。


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【看板】【消毒槽】

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【消石灰】
去年の春と今年の春では、農場の様子はとても変化しました。
まず、入り口には大きく【家畜伝染病予防のため関係者以外立入禁止】の看板が設置されています。
車両のタイヤを消毒するための踏込み消毒槽があちこちの農場で設置されました。農場周辺と特に農場入り口付近には真っ白な消石灰がまかれ続けています。


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【消毒の様子】【電気動噴】

管内の全ての畜産農家に動力噴霧器の設置が行われています。
獣医師の往診など全ての農場訪問において車両を消毒することが始まっています。
あのようにつらい思いをした私たちだからこそ、こんなに手間のかかることを継続してやっていこうという気持ちになれるのだと思います。


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【農場専用長靴】
畜産の現場において長靴は必需品です。
その長靴も管内の全ての農場で、来訪者用長靴の設置が行われています。これで農場から農場へと、長靴に付着した病原体を運ぶことはなくなるものと考えられます。


この一年は本当に長くて短いものでした。
大きなものを失い傷ついたけれども、慰霊碑に手を合わせて誓ったように、少しずつ前へ前へと進んでいくのです。
去年の春と今年の春で農場の景色が違っていることが何よりの証です。

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(軌跡5)宮崎子牛育成日記

口蹄疫の防疫措置では、農場内にあった大量の飼料も処分対象となりました。牛の巨大な体を維持したり、成長させたりする場合、大量の飼料が必要となるため、処分された飼料も大量になりました。
また、一定期間地域に牛が居なくなったことによって、多くの飼料用に作付けされた作物が利用されることなく畑に残されました。農家の仕事は、牛の世話だけでなく、これらの作物を無駄にすることは非常につらいことでした。


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(生後2ヶ月のオス子牛(右)と生後7ヶ月のメス子牛(左)の様子)
黒毛和種牛は平均30Kg程度で生まれてきて1歳を迎えるときには体重が10倍以上の350Kgに達します。生後36ヶ月程度まで発育を続けますが、その間に雌牛であれば妊娠と出産を経験し、肥育牛であれば肥育期間を経て肉として出荷されます。大きいもので1トン近くまで成長します。
人間にこの成長を当てはめてみると、3kg程度で生まれた赤ちゃんが3歳の誕生日に90Kg近くに成長するということで、牛は本当にすごい生き物なのです。


1胃2胃
【胃①】
【胃②】
3胃4胃
【胃③】【胃④】
(胃袋の写真)
この成長を成し遂げる秘密が牛の4つに分かれた胃袋と長い腸に隠されています。牛の胃袋は4つに分かれていて、1番目から3番目の胃袋は反芻胃(容積90~220リットル)と言われ、微生物が胃袋の中に共生しています。4番目の胃袋が私たち人間と同じ機能をもっている胃(容積7~15リットル) です。
これらの胃袋は食用のホルモンでもおなじみで第一胃はミノ、第二胃はハチノス、第三胃はセンマイ、第四胃はギアラとして流通しています。これらは見たままの形状から名前が付いたのでは、と考えられる部分もあります。
牛の腸もまた非常に長く、体長の20~25倍あります。よって成牛であれば、腸の全長は約50mに達します。


写真4_convert_20110307092407写真3_convert_20110307092327
【原虫①】【原虫②】
(胃に共生している原虫の様子)
牛の反芻胃には様々な微生物が住んでいます。細菌や原虫、真菌やバクテリオファージのように非常に小さな生き物が住んでいて、牛が食べて飲み込んだものを次々と休むことなく消化しているのです。これらの微生物は、牛が食べたものを発酵、分解しており、牛自体はこれらの微生物の発酵・分解して出来たものを吸収してあの巨体を維持しているわけです。
 もちろん、発酵が進むと胃袋の中に酢をはじめとする酸性の物質がたくさんできてしまうので、牛はアルカリ性のつばと混ぜ合わせるために反芻を行います。反芻とは、胃袋で発酵中の餌をもう一度口の中に戻して約10回程度かんでつばと混ぜ合わせ、さらに細かくして胃に戻すことを言います。この反芻によって、牛の胃の中は適度な状態で維持されているわけです。
牛は1日のうち10時間以上をこの反芻に費やしています。
出てくるつばの量は1日あたりなんと100~180リットルと言われています。
牛の餌は基本的にはイネ科の草です。体重の1.4~3.0%もの餌を食べることが可能です。500Kgの繁殖用雌牛ならば、日に10Kg以上の草を食べることが可能なわけです。国産の自給飼料でまかなえられれば一番よいことですが、現在、牛の飼料は外国から輸入されているものも多く利用されています。


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(飼料用稲ワラの保管の様子)
飼料用の稲ワラです。ワラといえば、人間が食べる実の部分をとったあとの茎と葉の部分を乾燥させたものです。トラクターが普及する前の日本では、役として使われる牛が農家には必ずいて、その糞は田の肥やしとなり、取れたワラは牛の餌として使うという光景があちらこちらで見られました。現在、牛を役として使っている農家はほとんどいないと考えられます。
飼料をこのようにビニールでぐるぐる巻きにして保管する方法が農家の間で普及しています。このぐるぐる巻きによって、雨風にさらされず、安定した品質で大量に保管できるようになりました。


写真6_convert_20110307092516
(オーツヘイ乾草)
輸入品のオーツヘイです。主にオーストラリアから入るケースが多いようです。主に、子牛や肥育の前期で使われるケースが多い飼料です。


写真7_convert_20110307092545
(チモシー乾草)
輸入品のチモシーです。主にオーストラリアやアメリカから入るケースが多いようです。
主に子牛で使用されるケースが多い飼料です。他にもイタリアンなど多くの種類の草が国境を越えて日本の牛の飼料として輸入されています。


写真8_convert_20110307092621
(トウモロコシサイレージ)
トウモロコシのサイレージです。サイレージとは、飼料中の酸素を出来る限り抜いて嫌気的に発酵させたものです。良質の乳酸発酵をした場合はほとんど匂いのしないものとして出来上がります。


写真9_convert_20110307092653写真10_convert_20110307092730
【配合飼料①】【配合飼料②】
(配合飼料)
子牛用の配合飼料です。日本の畜産ではアメリカ産のトウモロコシが大量に使用されています。このような配合飼料は、牛のステージ別に様々に工夫されて多くの種類があります。肥育用の配合飼料、繁殖用の配合飼料、育成期用の配合飼料というように、トモロコシやダイズ、糠やふすまといったようにいろんな穀類を利用して牛を飼っています。これらの配合飼料の材料もほとんどが輸入の品に頼っているのが現状です。真の意味での食料自給率としたときに、国産牛が100%でない理由がここにあります。

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(軌跡4)宮崎子牛育成日記

口蹄疫で被害にあった頭数は、牛豚合わせて28万8,643頭といわれています。この頭数の中には、お腹に子供を宿した母牛や母豚も多く含まれていました。胎子はこの被害頭数の中に含まれませんでした。しかし、実際には母親の胎内で大切に育まれ、この世に生まれようとしていた命もたくさんあったのです。  母親の絶命とともに絶たれた小さな命は、その数を数えられることもありませんでしたが、実際には、母親の命以上に多くの頭数が存在していたのです。

 前回の人工授精から数十日が経過し、口蹄疫で被害にあった農家の家畜のお腹の中に、小さいけれど大きな希望の光となる胎子が宿りはじめました。


エコー
エコーの機械

 大動物の診療で使用される超音波診断装置はどんどん小型化し、中にはカラードップラーを搭載したものや、画面をリストバンドのように腕に巻きつけて使用するものや、直腸内に挿入するプローブが指先につけるだけのものなど多くの機種が開発されて使用されています。
 医療の世界では、患者さんが病院に行って診察を受けるので、多機能で大型の機材を用いて診察することが可能ですが、特に大動物を診療する獣医師は、患畜(=患者)のところに行って、診察をしなければなりません。
機械はコンパクトで持ち運べるものでないと診察に実用することは出来ません。今回は、このエコーを使って牛のお腹の中の赤ちゃんの様子をのぞいてみます。


①30日齢子宮腔
30日胎齢の胎包

人工授精から約30日頃の子宮の様子です。黒い丸が右側に、ドーナツのような丸が左側に並んでいます。これはそれぞれ左右の子宮角を示しています。右側の黒い20mm程度の丸が胎児を包む<胎包>といわれるものです。この中に、まだ1cmにも満たない小さな胚が居るのです。赤ちゃんの様子は、頭と肢の元になる肢芽がある原始的な状態です。
牛と人では子宮の形や機能が異なりますが、胚から胎子になる原始的な赤ちゃんの様子はそっくりなものです。人間のお母さんでは、前回の生理から数えて妊娠週齢をいいますので、人間ならば、妊娠第6週~7週というところです。


②40日齢胎子
40日胎齢の胎子

 40日頃になると胎子の姿がとらえられるようになります。大きさは15mm程度です。30日頃では、右側の子宮角だけが黒い丸のようになり中に羊水などの液体を溜めていましたが、左側のドーナツのような丸だった子宮角にも同じように黒い丸になり羊水などの液体を貯留し、子宮がたった10日間でどんどん変化していっている様子が感じられます。
 

③40日齢胎子 カラードプラ
40日胎齢胎子のカラードップラー

 40日齢の胎子の様子をカラードップラーで撮影すると、心臓がバクバクと元気よく鼓動し、赤く色がついて観察されます。人間のお母さんならば第7週~8週のころです。人間でも同じように、胎児の心臓の動く様子を、カラードップラーを利用して検査します。


④50日齢胎児全身
50日胎齢の胎子

 50日頃の胎子と片側の子宮の様子です。子宮の直径も5~6cmほどになり、赤ちゃんも50mmほどに成長しています。このころになると、体や肢の区別が付くようになります。運がいいとちょこっと動く様子がみられることもあります。
 お母さん牛は、人間と違ってつわりの症状がありません。もしかしたらあるのかも知れませんが、健康な牛はいつもお腹をすかせているかのように、よく食べ、よく反芻します。人間のお母さんならば、つわりがつらいころではないでしょうか。


⑤3ヶ月胎児頭部
3ヶ月胎齢の胎子

 3ヶ月頃の胎子の様子です。画面の1メモリは1cmに相当しています。胎子の全体の大きさは15cmほどになり、画面の下半分に赤ちゃんの顔を右側から見ています。骨のように硬いものは真っ白くうつりますので、おでこの丸みがヘルメットのように白くうつっているのがわかります。この頃になるとちょろちょろと動き回り、撮影中に画面からすっと居なくなることもあります。かわいらしいですね。
 男の子か女の子かを知る性判別が出来るのはこのころまでで、へその緒から生殖結節までの距離で雌雄判別を行います。

牛の赤ちゃんの大きさは妊娠月齢からある程度推定することが出来ます。妊娠8ヶ月までは、妊娠月齢に妊娠月齢+2をした数字を掛け算することで推定できます。妊娠3ヶ月ならば15cm、妊娠4ヶ月ならば24cmという具合です。


⑥
宮崎大の獣医学科の学生と先生

 口蹄疫の被害にあった宮崎県には宮崎大学という多くの獣医師を輩出する名門大学があります。宮崎大学では、小動物(犬・猫など)の獣医師や公務員などはもちろん、大動物(牛・豚・馬など)を診察する獣医師も多く育てています。
今回、ワクチンによる被害を受けた地域には、未来の名獣医師を育てるため、繁殖検診巡回を受け入れておられた農家の方々がおられました。全国で活躍する獣医師の一部分は、このように宮崎県の畜産農家が育ててくださっているのです。


次回は、牛の食べ物や消化の様子について掲載予定です。

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(軌跡3)宮崎子牛育成日記

家畜が全く居なくなった地域に家畜が返ってきて、以前のように雌牛の繁殖が始まりました。人工授精によってお腹に宿った小さな命が、生まれてくるのは約285日後。今年、口蹄疫で苦しんだ初夏に、この命たちがこの世に生まれてくるでしょう。
そのときまで、楽しみにしたいと思います。
今回は、牛の発情と人工授精について掲載します。


マウンティング
(発情の様子)
繁殖農場には、雌牛が再導入されています。雌牛は、21日間に1回発情がきます。発情のとき、牛は大きな声で鳴いたり、雌牛同士でもお互いの体にのったりします。
普段ゆったりしている牛がとても活動的になります。



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(牛の外陰部)
牛は行動だけでなく体にも変化がおこります。
普段はキュッとしまっている外陰部が緩んで透明の粘液を1mほど垂らします。粘膜面は赤く充血します。この体の変化や行動は数時間続きますが、21日間で1日だけ見られるもので、繁殖農家はこの体や行動の変化を見逃さないように、毎日、朝夕に観察を怠りません。



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(直腸検査)
発情が来ると農家の人は、人工授精師をよびます。
人工授精師や獣医師は、肩まで届くビニール製の手袋を付けて牛の肛門から直接子宮や卵巣を検査します。これを直腸検査と呼び、牛が大きな動物だからこそ可能な検査法です。牛の体はとても大きいですが、卵子の大きさは私たち人間とほとんど変わらないとても小さなものです。



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(人工授精)
人工授精師は、卵巣や子宮の状態を確かめて、授精適期と認めると人工授精にとりかかります。人工授精は肛門に片方の腕を挿入し、子宮の一部分を保持して、もう片方の手で管を挿入して、少量の精液を注入します。とても技術のいる仕事です。
この時、授精適期でなければ、管は簡単には挿入できません。
数分間でこれらの作業は完了します。
(下の写真は人工授精に使用するシース管とストローを保存するボンベです)
 

シース。_convert_20101104133036

ボンベconvert_20101104133241


               
安平号 
(安平号)
農家の農場に種雄牛はいません。農家の雄牛は、幼い子牛から去勢されて繁殖能力を欠いた牛だけです。お父さんになる種雄牛は、宮崎県の場合そのほとんどが、家畜改良事業団というところで管理されていました。種雄牛になれるのは、本当に一握りの雄牛だけで、多くの雄牛は、去勢されて肥育牛になります。種牛候補牛は、試験交配で出来た子牛の肉質などが上等と判定された牛だけが種雄牛として活躍します。宮崎県は、口蹄疫によって、全国の和牛改良に多大な貢献を残した安平号(写真)をはじめ、多くの種雄牛が命を絶たれました。
また、良い種雄牛を作り出すには、育種価の高い雌牛も必要です。
ワクチン接種で犠牲となった牛の中に、将来の種雄牛の母となるべき雌牛も多数含まれていました。


次回は、妊娠鑑定でお腹の胎児の様子をのぞいてみます

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(軌跡2)宮崎子牛育成日記

ワクチン接種を受け入れた日からこの日まで約3ヶ月間。長いようで短い、短いようで長い時間でした。牛が戻ってきたことは、牛飼いにとって、何にも変えがたいうれしい希望の光となりました。牛舎に牛が居ない時間が、どんなにかけがえのない存在を失ったかを教えてくれました。
スタートラインに立ったばかりですが、この気持ちを忘れずに大切に牛を飼っていこうと思います。



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平成22年8月27日
堆肥の温度は、家畜防疫員によって測定されます。
こんな特別の温度計を、堆肥の中につき立てて温度を測定します。
乾燥しすぎていれば水を足したり、水分が多すぎるときはおがくずなどを足したり、
時には米ぬかを足して微生物を活性化させたりします。
全ての農家が基準をクリアして終息宣言の日を迎えました。



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場の片隅には、慰霊碑が建てられています。
集合埋却地のどこに自分の大切な牛たちが埋められたかは、もはや分かりません。この慰霊碑は、犠牲になった牛達を日常で感じていられるように、あの日を忘れないようにしてくれます。
裏には「口蹄疫の拡大防止により親牛と子牛が殺処分される。   合掌   平成二十二年六月二十三日」の文字が刻まれています。
こんな悲劇は、二度と起きて欲しくない、誰もこんなやるせない思いをして欲しくないと強く思います。



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いよいよ待ちに待った牛を再導入するときが近づいてきます。
その前に、またまた消毒です。
今日は、NOSAIの職員によって煙霧消毒という特別な消毒を行います。カーテンを閉め切って、天井や柱、空気まで、普段なかなか出来ない部分の消毒です。職員はマスクにゴーグルで汗だくですが、農家の安心材料の一つになれば苦ではありません。牛を大切に飼うための準備が着々と進行中です。



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平成22年9月16日
導入牛第1号が牛舎に到着です。
きれいな牛舎で健やかに育ちますように。そして、たくさんの子牛を産んで農場に、活気と農家の笑顔を運んでくれますように。

 

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NOSAI獣医師による健康チェックと駆虫薬の塗布です。
子牛の下痢の原因になってしまうことのある線虫などの虫を、全頭駆虫していきます。今、農場はとても衛生的で寄生虫は居ません。1頭ずつ導入牛を確実に駆虫して寄生虫の居ない牛舎にして、子牛の下痢の原因をなくします。



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導入牛の血液採取です。
この農場では、特定の病気を持っていないか、導入される全ての牛を血液検査します。


次回は、繁殖雌牛の発情や種付けの様子など繁殖に関することです。

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(軌跡1)宮崎子牛育成日記


口蹄疫被害の拡大を止めるために、日本初の口蹄疫ワクチン接種が行われました。
ワクチン接種を受け入れた農家は、健康であった牛や豚を殺処分され、周辺のみならず、九州の、いえ、日本の畜産を守ったのです。
私たちは今回のことを胸に刻み、決して忘れてはいけません。
口蹄疫ワクチンを使用すること自体、最初で最後であって欲しい。
そして、このようなことが二度と繰り返されることのないように、自分が何をなすべきか、自問自答して、畜産という仕事を見つめなおさなくてはいけません。


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平成22年7月24日
青い空と緑の田んぼの真ん中にある牛舎、でもそこに牛はいません。
この牛舎にいたはずの元気な和牛の親子は、平成22年6月23日その鼓動を止めました。
飼い主は、その日までは、無我夢中でがんばりました。
でも、それから少し経ったとき、鳴き声も気配もしない牛舎、テレビで牛が映るだけで、涙がこみ上げてき、失って初めて、「牛が居ない」ことを痛感したそうです。


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3回目の一斉消毒の日。
真っ白な消石灰がまかれ、がらんどうの牛舎。すみずみまでしっかり消毒してあります。この地域は、しっかり消毒された牛舎しかありません。きれいで鳴き声も臭いもしない牛舎ばかりの地域になりました。


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消毒は、行政の職員やJA、NOSAIの職員など関係団体によっておこなわれました。防護服を着ての作業は、暑さとの戦いです。でも、新しく導入される牛の病気を防ぐために徹底的にやりました。子牛の下痢やかぜも少なくなりますように。


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誰も出入りさせません。次に牛が導入される日まで、立入禁止は続きます。
これから導入される牛を待つ間、牛舎は今までにないくらい衛生的に管理されています。


口蹄疫が発生してから、とても苦しい日々の連続でした。
でも、応援してくださる日本中の声援に後押しされ、ここまで頑張ってこれました。
これから、子牛を出荷するその日まで見守ってください。
長い道のりです。
最後まで応援してください。
消えた命の分まで、大切に牛を養っていきます。
そして、私たち農家がどんなに愛しんで牛を育てているか知ってください。

私たち人間は、家畜を最終的には食べるためにと殺します。
命をいただいて食べています。
命がはぐくまれるその瞬間を見届けてください。

次回は導入第1号の牛を紹介する予定です。
全国の皆さんこれからも宮崎を応援してください。
<写真>農家提供

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